SPECIAL
特集
国家戦略としてのリスクファイナンス
はじめに
2004年のスマトラ島沖地震を機にアジアでもリスクファイナンスということをもっと意識していかなければならないという方向に向かってきています。
リスクファイナンスのアジア立ち上げ
CATボンドの発行は急拡大しています。サブプライム問題で世界の証券化商品は苦境になりました。反面CATボンドの必要性は増していきました。CATボンドの発行は保険会社が中心に行っていましたが、最近は事業会社も直接発行するようになってきています。JRやディズニーランドなどの施設も乗客や来客のためのリスクを減らすための努力を行っています。
自然災害のリスクへの投資は金融資産とあまり相性が良くありません。ただポートフォリオという形でのリスク分散という方面では意味を持っています。小口化することでより多くの機関投資家が参加をしやすくなります。ただ多くの投資家はCATとボンドいうものに知識や関心も少ないのであまり興味を持ちません。よって今後は災害のリスクへの重要性やリスクへの分析をしっかりと行っていかなければならないことに対しての理解が必要になります。
日本では地震のマグニチュードや台風の風速などの被害の大きさを結び付けたパラトリックインデックスが主流といえます。首都圏直下型地震インデックスを開発している再保険会社も出ていきます。アジア諸国の災害にも拡大されてリスクのモデリングや格付けを行う人材が育成されることでCATボンドのアジアセンターの立ち上げに繋げていくことが可能になっています。
証券発行までの手続きの時間や発行コストなどの課題は発行件数の増大と共に徐々に解決させようとしています。災害指数の開発が進んでCATボンドの標準化が進んでいけば可能になるかもしれません。災害のリスク指数の開発やリスク格付けの透明化と効率化はCATボンドの市場拡大に不可欠といえます。年金基金の投資姿勢の弾力化と証券の小口化や投資信託の組込みにもつながります。
CATデリバティブの取引所創設
地震・台風・洪水等の災害を指数化したパラメトリックインデックスの開発が進めばCATスワップやCAT先物及びCATオプションを取引所で取引することもできます。アジア諸国のCATデリバティブを日本の取引所に上場させることで日本のリスクを諸外国の投資家が引受けてアジア諸国のリスクを日本の投資家が購入するようなグローバルなリスク分散を行うことができます。
災害デリバティブをメジャーにしていくには自然災害のリスクは天候のリスクと同様に日本という狭い地域の中ではリスクが偏ります。アジアや外縁を含めた広域を取引の対象にしていくことでリスク交換)が図りやすくなります。取引所では価格形成の透明性を図っていくことで取引の安全性が確保されます。
指数取引を重視していくには知的財産権の法的な整備が必要になります。従来から実用化が望まれている天候デリバティブや電力の先物さらには二酸化炭素の排出の先物取引などの指数取引の上場が実現されていない現状打破が前提といえます。
再保険のアジアセンター
アジアには的確な再保険のセンターはありません。今後アジアが経済成長を遂げて国民所得が上がっていくことで保険のニーズが上がっていきます。そこでアジアの自然災害のリスクを熟知した大きな引き受けを持つアジアでの再保険の機能が求められます。
再保険の事業は大災害や大事故の時にとても多くの再保険金の支払いをすることになります。よって巨大なリスク引き受けのキャパシティとそれを超える財務能力が必要になります。税制やインフラの整った国に投資家の資本が集まります。再保険会社はバミューダ諸島やシンガポールなどに多くあります。ロイズのシンジケートがロンドンからバミューダに移っています。
近年は再保険市場での特定の再保険の部分については直接に引き受けを行っていくサイドカーという形態も登場しています。サイドカーはヘッジファンドやプライベートファンドなどの資本力のある投資家の方が再保険会社の技術を利用していくための再保険会社で税務上のメリットがあります。
日本やアジアのリスク資本が再保険のアジアセンターとしての再保険会社を設立したり既存の再保険会社を拡大していくための税制や法律さらに人材などの魅力ある投資環境を構築するという国家の強い意志が必要になります。日本の法人税率の高さの是正は必要になるでしょう。
CATローン市場の育成
CATローンが日本で作られて3年とまだ歴史が浅いです。リスク精査により災害時の物的損失や休業損失による財務的な問題が残ります。倒産リスクを考慮した貸出金利プレミアムとローンの予約料に反映させたうえで、銀行などの資金提供者が予めファンディングを行います。災害時の倒産のリスクを想定して銀行だけでローンを組んでいくことには限界があります。ファンドや機関投資家などのリスクマネーも重要になります。この場合は格付けも重要視されます。
プライマリー市場とセカンダリー市場の発展は両輪です。セカンダリー市場の存在はプライマリー市場に更なる投資家を呼び込むことにつながっていきます。このことがCATローンの市場全体の厚みを増していきます。セカンダリー市場は流動性の供給と適正価格の形成が重要になります。日本ではまだこのセカンダリー市場が機能していません。
米国ではシンジケート・ローン取引協会が設立されています。セカンダリー取引の標準化が進展していきます。金融機関が積極的にマーケットメイクしているのと状況は異なります。CATローンは未だ緒に就いたばかりでプライマリマーケットを論ずるのさえ時期尚早になるかもしれません。今からセカンダリー市場の育成を考えてのCATローンの標準化の取り組みが必要になります。
リスクマネーの担い手
リスクファンドの代表格である投資ファンドは重要な役割を持ちつつあります。欧米のファンドの中には再保険市場の株式を支配していくケースがあります。CATポンドの大きな引受先になります。近年はヘッジファンドとCAT専門ファンドが中心に引き受けを行っています。
金融に対するニーズが高度化でかつ多様化する中で投資ファンドの出現は産業の発展や経済成長を助けるものになります。銀行や保険会社による部分をファンドがサポートしていくことでその機能を代替していきます。
反面市場で大きな存在を示すヘッジファンドが新興国やコモディティ市場のレバレッジ取引で大きな価格変動を起こすことがあります。日本では一般的に敵対ファンドに対するイメージは良くありません。ただそこも日本自体が金融の知識が少ないだけでファンドの無限の可能性について知らないことが原因になります。ファンドのイメージ改善があれば必ずや活用できる可能性が高くなります。
ヘッジファンドを利用している方の多くは年金基金・生損保会社・大手金融機関・事業会社・大学などの機関投資家がファンドの多くを占めています。これらの機関投資家がファンドに投資する目的は通常の資産運用との相関を抑えていくことで分散投資効果を期待することにあります。
また海外ファンドのリスクマネーを日本に入れることは国の産業に対するリスクマネー供給を増加させて金融産業の国際競争力の向上に寄与していきます。海外からのリスクマネー還流の促進には日本の魅力を兼ね備えることが必要になります。
宝くじ資金を活用する
リスクファイナンス商品に競馬・競艇・競輪などの公営ギャンブルの資金を利用するというアイデアも出てきています。また年末ジャンボなどの宝くじ資金を利用することも悪くないのではないかと感じています。宝くじ1回について1500億円を積み立てることで年4回・10年で6兆円を貯めることができます。それなりの大地震対策を行うことができます。災害時のリスクファイナンスに宝くじを使うことは決して悪くないのではないかと考えています。
リスク耐性の強化
企業が災害に対する備えとして地震対策準備金を設定しても現状では無税対策ができません。税法上で優遇を得るためには将来における費用の損失が確実に予想されること・その費用又は損失の金額が相当に予想出来ること・その費用又は損失が本年度と対応関係になっていることの3点を満たさなければなりません。さらにこの3つを証明することは並大抵のことではありません。このような費用にも税制上の優遇をすることでリスクファイナンスへの関心が多少でも高まるのではないかと思われます。
もし日本で巨大災害が発生してしまうと国内外のサプライチェーンが途絶して壊滅的な被害になってしまう可能性が高くなります。関東大震災当時の日本はまだ世界でも中心的な国ではありませんでした。ただ100年近くたった現在では中心的な国になりつつあります。円の価値が低下して災害への足かせになる可能性があります。
リスクファイナンスの高度化と多様化
さらなるリスクヘッジを行うためには次のような施策が重要になります。以下で紹介します。
一般の保険会社では利用できないキャプティブの利用ができるようになる、企業と保険会社がリスクを共有するファイナイトを活用できるようにする、賠償責任の長期化対策のためのポストロスファンディング方式を利用する、利益保険を活用する、海外で馴染のレイヤー方式保険により高額レイヤーの保険が買えるようにするなどの施策が重要です。
国家戦略であるインフラ整備
国の盛衰と金融や保険市場には正の相関があります。金融を守ることは経済を守っていきます。企業リスクのコントロールと資本の有効活用によって自国の国際競争力を維持させていくことが可能になります。災害のリスクは同時性と集中性を要するため大数の法則を根拠としていくと保険の設計が難しくなってきます。そのためリスクファイナンスなどのあらゆる手法を使って多様化を図ることができるようなインフラの整備が必要になります。
欧米でキャプティブやファイナイト保険に税制上の優遇措置を置いているのは企業の自主的な取り組みを促していきます。大規模な災害は国家財産に対する災害と考えていくことで政府が事後的な赤字国債に頼らずに済むリスクファイナンスの構築をしていくことが重要になってきます。保険商品と金融商品の融合や競合が進んでいくと購入商品がどうなるかはあまり問題になりません。
まとめ
日本の大都市を含めアジアには自然災害のリスクを抱えるメガシティが多数あります。大災害の損害予想額が数値で示された時にその大きさに驚いてリスクファイナンスの面で無策であってはなりません。世界的な再保険市場やCATボンドなどのあらゆる手段を総動員して自助・共助・公助の仕組みを作ってその可能性と限界を国民に周知させていく必要があります。
日本からみてもアジアにおけるリスクファイナンスのアジアセンターをめざした取り組みを評価します。リスクファイナンスの集積は情報とリスク・エンジニアの集積を持たせるのでメリットがあります。欧米型の金融も出るに対してアジア型のモデルを構築できるような災害リスクファイナンスを通して模索していければと考えています。リスク管理文化或いは安全・安心文化の醸成に貢献するプラットフォームにつながっていれば幸いといえます。