企業向け地震保険加入の困難性
はじめに
信用格付け会社のスタンダード&プワーズ社の調査では、このタイ洪水における保険の支払額は160億ドルから180億ドル(日本円でおよそ2兆円弱)と見込んでいます。そのうち日本企業への支払いが1.5兆円程度になっています。全保険学のおよそ4分の3が日本企業に向けて支払われたということになります。こうしてみるとタイの洪水に対する認識の甘さがかなりあったということは否定できません。
日本企業の被害
帝国データバンクの調査ではタイに進出している日本企業は大小含めるとおよそ3130社ほどあります。その内訳は製造業が全体の55%ほど・卸売業が全体の24%ほど・建設業が3%ほどとなっています。また7大工業団地にはおよそ4分の1超の800社ほどがあります。その中で日本企業が450社ほどと過半数を占めています。タイの中でも日本企業がいかに重要な位置を占めていたかが分かります。
日本の3大保険グループではタイ洪水における被害額を1億円を試算しました。東日本大震災でさえも6000億円程度だったのでそのおよそ1.7倍もの保険金が支払われたことになります。
このようになった大きな理由としては日本では火災保険と洪水保険は別個のものでオプション料金を支払わないといけないことが挙げられます。一方タイでは火災保険の中に洪水での範囲も含まれてしまいます。ここで保険料の支払いに差が付きます。
もう1つは日本では洪水によって事業が継続できなくなった逸失利益にまで保険の支払範囲が適用されます。タイではここは含まれません。ここでも大きな差が付くことになってしまいました。
今のタイの保険制度では仮に企業が火災保険にプラスして洪水対策の保険を適用したいという要望があっても十分な保険金額を確保できないという理由もあることからなかなか問題が解決しないという流れにもなっています。
洪水に対する保険の考え方
日本では火災保険の他に洪水に対する保険を購入する場合は、加入したい企業と保険会社の間で洪水に対する保険の保険金額や保険料率を火災保険のケースとは別に協議して決めていきます。その際に損害保険会社はキャットモデルという工学的手法を用いて危険度を数値化していきます。
キャットモデルは地震や気象災害などについて過去の記録の整理や研究していきます。海溝や活断層の問題・温暖化も加味した気象調査・降水量や河川への流入量・土地の保水力や排水能力・堤防や防潮堤の状態・消防体制などの様々なデータをコンピューターでシミュレーションをして災害の発生頻度と大きさを数値化して予測していきます。
日本の損害保険会社では巨大地震と巨大台風が同時に来ても保険の支払いにあまり支障が出ないような資本や準備金を用意しているところが多くなっています。東日本大震災とタイ洪水がほぼ同時に来てしまったのですがそれでも経営面で大きな損失を受けることなくしのぎ切ることができました。
一方タイでは以前から洪水に対する危険性を認識はしていたのですが、この規模の損害をどの損害保険会社も認識をしていなかったこともあって火災保険や利益保険の対象に無料で洪水保険までをセットで付けてしまいました。そこから保険会社の引受保険額が多くなってしまって保険料の支払いに苦慮してしまったということになります。この面での財政面や体力面での課題を残したということになります。
再保険に関する認識も甘い
また再保険会社の認識も甘く、タイの洪水のリスクについては引受管理を行わずに必要な再保険料を徴収しないで再保険と火災保険と一緒に引き受けていました。実際にはタイ洪水の総保険料の支払額のおよそ6割が再保険市場から支払われることになってしまいました。ただそれでもリスクの巨大性の認識の欠如とそこから生じた過大な引受そして不用意な収支管理のために想定外の巨額の損害が発生して再保険会社にとっても重大な問題になっています。
そこから損害保険会社も再保険会社とも現行条件での保険と再保険を引き受けていくことはできずに適正な保険料の算出とリスクの管理体制が確立されるまでは引き受けを大幅に制限せざるを得ない状況となっています。そういうこともあってタイだけでなくインドネシアやインドなどの洪水の発生しやすい地域においても洪水に対する保険が手に入りにくい条件が常に続いていることになります。
リスク管理のできている日本
日本では地震のリスクや台風・洪水のリスクなどについては損害保険会社は引受責任額が過大にならないように保険金額などに一定の制限を設けています。また再保険を購入することによって経営の健全性を確保するなどして慎重に対処しています。
例えば一般家屋における家計地震保険は政府の信用供与と損害保険会社の引受による合計の支払額の上限を1回の地震で6兆2千億円としています。また1件当たりの支払額を火災保険金額の50%を上限とするなどの制限を行っています。また政府の信用供与のない企業に対する地震保険や台風そして洪水に対する保険についても、損害保険会社は資本や再保険の状況を勘案しつつ引受条件や引受責任額を制限して巨大自然災害の発生による引受責任額の支払いや保険業法に定められたソルベンシーマージン基準に問題の生ずることがないように厳しく管理していきます。
ソルベンシーマージン基準というのは保険会社の経営の安定性を示す基準となっています。通常の予測を超えるリスクに対してどの程度の支払い余力を有するかを数値で示しています。最低でも200%以上であることが求められています。これ以下になると保険会社の経営に問題が出ているという目安の数値にもなっています。
特に再保険では損害保険会社が引き受ける自然災害リスクの軽減とキャパシティーを拡大していく有効な手段であって再保険会社は世界中の自然災害リスクを広く引き受けていくことによって収支機関の超長期性の問題を緩和しつつ損害の巨額性の問題解決を図っていきます。再保険料率や引受責任額はキャットモデルによって算出された数値を基に行われます。そこから正確な危険度を測定することができます。
また再保険以外の自然災害リスクのヘッジ方法としてキャットポンドや金融機関からの災害時における借入予約であるコンティンジェンドデットの設定についても契約条件を検討する上では不可欠のツールとなっています。特にキャットモデルは企業があらゆる経済的備えを検討していく上で最も基本的なツールといえます。
企業地震保険にはなかなか入ることができない
地震保険には簡単に入ることができません。家計地震保険は再保険制度というものがあって国が引き受け元になってくれるのですが、法人の地震保険にはそれが適用されません。
ということもあって地震保険は大企業などの一部の企業しか入ることができません。ほとんどの企業は入ることができないんです。
また地震保険は営業などができなくなって逸失利益が発生してしまう場合などの間接損害には適用されません。さらに工場などの倒壊などの直接費用などに対しても契約時の保険金額の5%から10%程度しか保険金が受け取ることができないことが多いです。たとえば契約時に10億円補償の地震保険を契約しても実際は5000万円から1億円程度しか手元に戻ってこない可能性が高いということです。これでは地震保険に加入するメリットがあまりありません。
地震保険に加入したいけどできなかった
同じ地域に会社があるので地震で一発で企業が飛んでしまうかもしれない
企業自体は儲かっているけど地震が一番の不安
などの方は一度相談いただきたいと考えています。